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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)2301号 判決 1967年3月24日

主文

原告(反訴被告)の請求を棄却する。

原告(反訴被告)は被告会社(反訴原告)に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和四〇年一〇月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は本訴、反訴を通じ原告(反訴被告)の負担とする。

本判決は第二項に限り被告会社(反訴原告)において金五〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

原告(反訴被告)(以下原告という)訴訟代理人は、本訴につき「原告に対し、被告らは各自六、七三四、五四七円及びうち四、四八四、五四七円に対する被告会社は昭和三八年七月一五日から、被告田中は同月一八日から夫々完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び担保を条件とする仮執行の宣言を求め、反訴につき「反訴原告の請求を棄却する。訴訟費用は反訴原告の負担とする」との判決を求め、

被告会社(反訴原告)(以下被告会社という)訴訟代理人は、本訴及び反訴につき主文第一ないし三項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被告田中訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、本訴請求原因

一、原告は昭和三三年五月三一日被告会社に対し、大阪市北区絹笠町五五番地上鉄筋コンクリート造四階建事務所一棟、通称土田ビルデイングの二階一室六九・四二平方メートル(二一坪)を、賃貸期間五ケ年、賃料は一ケ月につき七四、〇〇〇円とし、毎月二五日までに翌月分を原告方へ持参支払うこと、賃料の支払いを一回でも怠つたときは原告は催告することなく契約を解除しうる。契約が解除されたに拘らず明渡さないときは損害金として右賃料の一、五倍に相当する金員を支払う旨の約で賃貸した。

被告田中は同日被告会社の右賃貸借契約に基く債務を連帯保証した。

二、原告は被告会社に対し昭和三四年三月二五日到達の書面をもつて、同被告が本件貸室を契約に定めた事務所としての用法に違背し小スタヂアムとして使用していること及び本件賃料が近隣ビル貸室の賃料に比して低廉であることを理由として同年四月一日以降右賃料を月額一二四、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をした。

三、被告会社は昭和三四年四月一日以降の賃料の支払いをしなかつたので、原告は前記特約に基き被告会社に対し、昭和三五年五月五日到達の書面をもつて前記賃貸借契約解除の意思表示をした。

被告会社は右解除の意思表示をうけたに拘らずその原状回復たる本件貸室の明渡しをせず、昭和三七年一二月二五日に至つてようやく原告に本件貸室を明渡した。

四、よつて原告は被告ら各自に対し昭和三四年四月一日から昭和三五年五月五日まで月額一二四、〇〇〇円の割合による賃料及び同月六日から明渡しの日である昭和三七年一二月二五日まで約定の月額一八六、〇〇〇円の割合による損害金合計六、七三四、五四七円及びうち、四、四八四、五四七円に対する被告会社に対しては訴状送達の日の翌日である昭和三八年七月一五日から、被告田中に対しては同じく同月一八日から夫々完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、抗弁に対する答弁

一、被告ら主張の抗弁事実のうち、被告会社が原告に三〇〇万円を差入れたこと及び兵庫県住宅建設株式会社が被告会社に対し被告ら主張のような訴を提起し、原告が被告会社を補助するため右訴訟に参加したことは認める。但し右三〇〇万円は敷金として差入れたものではなく建設協力保証金として差入れたものである。爾余の事実は右訴訟において同被告の敗訴が確定したことを除いて争う。

二、本件貸室を含む建物は原告の所有に属する。すなわち訴外日本鋼材株式会社は昭和三二年三月一〇日兵庫県住宅建設株式会社に、請負契約が解除された場合建物の所有権は日本鋼材株式会社に帰属する旨の特約を付して本件建物の建築を請負わせ、兵庫県住宅建設株式会社がその建築工事を施工したが、注文者において請負人の請求があつたにも拘らず工事代金の中間払いをしなかつたので請負人は右不履行を理由に本件請負契約を解除した。従つて注文者は前記特約に基き本件建物の所有権を取得し、原告はその譲渡を受けて右建物を完成した。

三、仮に本件建物が原告の所有に属さないものであつたとしても、右建物所有権の原告への帰属の有無は原告の賃料請求権を左右しない。およそ賃貸借契約は当事者の一方が相手方に目的物の使用収益をなさしめることを約し、相手方がこれに対し賃料を支払うことを約することによつて成立するものであつて、賃貸人が目的物に対し所有権その他他人をして目的物を使用収益させることを得る権利を有するや否やは問うところでなく、ただ賃貸人が叙上の権利を有しないため相手方をして約定にそう目的物の使用収益をなさしめることのできない事態の生じたとき相手方において賃料の支払いを拒みうるにすぎない。そうであれば昭和三七年一二月二四日まで本件貸室を使用収益した被告会社は原告の本訴請求を拒みえないものである。

四、被告会社のなした供託は無効である。被告会社は本件賃料債権者を過失なくして確知することが出来なかつたので、昭和三四年五月一日以降の賃料を供託したと主張するが、本件賃貸借契約において賃貸人であると主張する者は原告の外になく賃料債権者が原告であることは明白である。すなわち兵庫県住宅建設株式会社の被告会社に対する請求の目的物は本件貸室の賃料債権ではなく、その不法占拠を原因とする損害賠償債権であり、被告会社において或は本件貸室の所有者を確知しえなかつたかも知れないが、賃料債権者を確知しえなかつたことはありえない。かりに被告会社において賃料債権者を確知しえなかつたとしても、原告からの再三に亘る通告にも拘らず敢えて供託したのは被告会社に過失あるものと謂うべである。

第四、本訴請求に対する答弁

右請求原因事実一項については、本件賃貸借契約に、被告会社において債務不履行であつたときは、原告は備告をしないで右契約を解除しうる旨の特約及び損害金に関する特約が附されていたことを除いてこれを認める。同二項については賃料増額請求の意思表示が到達したことは認めるが、それは昭和三四年五月一日である。被告会社の本件貸室に対する用法違反の点は否認する。仮に被告会社に用法違反があつたとしてもそれは賃料増額の事由とならないし、また右増額請求は賃貸借契約締結後一ケ年も経過しないうちになされたものであり無効である。同三項については原告主張の頃契約解除の意思表示が到達したこと及び被告会社が原告主張の日に本件貸室を明渡したことを認める。

第五、抗弁

一、被告会社は次の理由によつて原告に対し賃料債権を負担しないものである。

(一)、本件賃貸借契約は無効である。

原告及び被告会社は右賃貸借契約締結に当り本件貸室が原告の所有に属することあるいは原告がこれを他に賃貸するに必要な権限を有していたことを契約の内容とし、被告会社は原告に建設協力保証金名下に敷金三〇〇万円を差入れたものであるところ、原告は右貸室に対し前記のような権利を有せず、この点につき被告会社に錯誤があり、かつ被告会社は右の点について錯誤がなければ前記賃貸借契約締結の意思表示をしなかつたであろうし、普通一般人も同様右意思表示をしなかつたであろうと認められる場合に当るので、本件賃貸借契約の要素について借主である被告会社に錯誤があり、右賃貸借契約は無効である。従つて右契約が有効であることを前提とする原告の本訴請求は失当である。

原告は被告会社に対し本件貸室が原告の所有に属することを主張できない。訴外兵庫県住宅建設株式会社は大阪地方裁判所に、被告会社に対し本件貸室に対する所有権に基きその明渡し及び損害金の支払いを求める訴を提起し、右訴は同庁昭和三四年(ワ)第五八三号建物明渡等請求事件として係属し、原告は同被告を補助するため右訴訟に参加した。右訴訟は控訴・上告を経て同被告の敗訴が確定した。従つて右訴訟における補助参加人であつた原告は被告会社に対し右貸室が原告の所有に属することを主張しえない。

(二)、仮りに本件賃貸借契約が無効でないとしても、被告会社の賃料債務は原告の債務不履行または履行不能により消滅した。賃貸借契約により、賃貸人は賃借人に目的物を使用収益させるべき債務を負担し、賃借人はこれを使用収益する対価として賃料を支払うべき債務を負担する。而して賃借人の右使用収益は事実上可能であるのみでなく、法律的にもすべての第三者に対して正当性を有し、他人から妨害・阻止を受けないものであることが必要である。蓋し、たとえ賃借人が事実上目的物を使用収益しえたとしても、たとえばその使用収益が目的物の真の所有者に対抗できないものであり、その使用収益の中止を請求され、あるいは既往の使用収益に対し不当利得の返還請求ないし不法行為による損害賠償の請求をうけてこれに応ぜざるを得ないような場合には、賃借人は契約の目的を達成しえないからである。従つてこのような場合には賃借人は賃料の支払いを拒否できるものと解する。

これを本件について見るに、既述のように被告会社は兵庫県住宅建設株式会社から所有権に基く本件貸室明渡し及び損害賠償請求の訴を提起され、被告会社敗訴の判決が確定し、同被告は訴外会社に右貸室明渡し及び損害金支払義務を負担したが、これは原告が本件貸室の所有者でなくまたこれを他に賃貸する権限も有していなかつたことに基くものであり、原告の責に帰すべき債務不履行または履行不能である。従つて、被告会社は少なくとも右確定判決により訴外会社へ損害金支払義務を負担した昭和三三年八月一日から明渡しずみまでの間については右貸室を完全には使用収益しえなかつたものとして、その期間の賃料を支払う義務はないところ、原告が本訴において請求している賃料はすべて右期間中の賃料であるから、右請求は失当である。

仮にそうでないとしても前記のような事情で被告会社は本件賃料債権者が原告であるか兵庫県住宅建設株式会社であるかを過失なくして確知しえなかつたので、原告主張の解除の意思表示以前に、昭和三四年五月一日以降の賃料を民法四九四条に従つて大阪法務局に弁済供託した。従つて右賃料債務は消滅した。

二、原告の損害金の請求は次の理由によつて失当である。

(一)、本件賃貸借契約は前記のとおり無効なものであるから、その有効であることを前提とし、解除に伴う明渡義務不履行を原因として損害金の支払いを求める請求は失当である。

(二)、仮にそうでないとしても、前記のとおり原告が被告会社の賃料不払を原因として本件契約を解除した当時、被告会社は原告に賃料債務を負担していなかつたので右解除は無効であり、したがつてその有効であることを前提とする損害金の請求は失当である。

(三)、契約が解除されたに拘らず被告会社に明渡義務の不履行があつた場合同被告は賃料の一、五倍に相当する損害金を支払う旨の特約は、原告が本件貸室を所有することを前提とし被告会社が退去しないことによつて原告の本件貸室に対する所有権の行使が妨げられ、その結果生ずる損害を填補する趣旨のものであるところ、原告は本件貸室の所有者でなく、従つて仮に被告会社に明渡義務の不履行があつたとしても、原告がこれによつて所有権の行使を妨げられたことのないことは勿論であるし、また原告は右貸室につき賃借権その他の使用収益権をも有しなかつたので、原告はなんらの損害を蒙つていないものであるから右請求は失当である。

第六、反訴請求原因

一、被告会社は原告から昭和三三年五月三一日本件貸室を賃借するに当り、建設協力保証金名義で三〇〇万円を支払つた。

二、右建設協力保証金契約は本件賃貸借契約と不可分一体の関係にあるものであるところ、右賃貸借契約は本訴における抗弁一の(一)において述べたとおり無効であるから右建設協力保証金契約も無効であり、原告は法律上の原因なくして被告会社から三〇〇万円の交付を受けて利得し、同被告はこれがため同額の損害を蒙つたが、原告の受けた利益は現存するので、被告会社は原告に対し右三〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和四〇年一〇月二七日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三、仮に建設協力保証金契約が無効でないとすれば、被告会社は右契約の解除を原因として三〇〇万円及び前記と同額の遅延損害金の支払いを求める。

すなわち、原告は賃貸人として本件貸室を被告会社に使用収益させるべき義務があるに拘らず、右貸室につき所有権その他これを他人に使用収益せしめうる権利を有しなかつたため同被告に完全な使用収益をさせることができなかつた。これは原告の責に帰すべき債務不履行また履行不能というべきである。よつて同被告は原告に対しかねてから兵庫県住宅建設株式会社との間の紛争を解決し被告会社に完全な使用収益をなさしめるよう要求していたが、原告がこれに応じなかつたので同被告は昭和三七年一二月二五日本件賃貸借契約を解除し同日本件貸室を明渡したが、前述のとおり建設協力保証金契約は右賃貸借契約と不可分一体の関係にあるものであるから賃貸借契約の解除により同時に解除された。

四、仮にそうでないとすれば、被告会社は反訴状の送達をもつて原告の前記債務不履行を原因として建設協力保証金契約を解除する。

五、なお、右保証金契約においては保証金の返還につき賃貸人である原告のために期限の利益が与えられているが、これは賃貸借契約が支障なく継続し、或は賃借人の責に帰すべき事由ないしその一方的都合により契約が解除された場合に関する定めであり、本件のように賃貸人の責に帰すべき事由によつて賃借人が契約を解除せざるを得なかつた場合に関するものではない。蓋し、本件において賃貸人である原告は多額の保証金を無利息・長期間・据置年賦弁済の極めて有利な条件で受取ることができ、賃借人である被告会社がこれを支払うのは、被告会社が自己に賃貸借契約上の義務違反がない限り、本件貸室を自己の欲するままに使用収益しうるものと期待すればこそである。従つて賃貸人が自己の責に帰すべき事由によつてその債務を履行せずそのため賃貸借契約の継続が、不可能になつた場合にまで右保証金に関する利益を賃貸人である。原告に保有せしめることは当事者の合理的な意思解釈に副わないのみでなく、信義則に反すること著しく、到底法の容認しないところである。

第七、反訴請求原因に対する答弁

右請求原因事実一項は認める。同二、三項は否認する。すなわち右三項については、原告は被告会社に本件貸室を円満に使用収益させたものであり、被告会社は電気、ガス使用料を原告に毎月支払つてきたし、同被告が原告に本件貸室を明渡したのは、同被告が事業拡張のため、より広い建物に移転する必要に迫られたことに因るものであつたが、右明渡しに当つては原告に感謝の意を表しさえした。右事実は被告会社が円満に本件貸室を使用しえたことを物語つて余りあるものである。同四項については、本件賃貸借契約はすでに昭和三五年五月五日解除されているものであるから、その後において原告の債務不履行を理由として保証金契約を解除するとの被告会社の主張はそれ自体失当である。

第八、証拠関係(省略)

理由

第一、本訴請求に対する判断

一、右請求原因事実一項については、本件賃貸借契約に、被告会社に賃料債務の不履行があつたとき原告は催告することなく右契約を解除しうる旨の特約及び損害金に関する特約が夫々附されていたことを除いて当事者間に争いがない。

二、そこで、被告会社に本件賃貸借契約の要素に錯誤があり、右賃貸借契約は無効である旨の被告らの抗弁について判断する。

まず、原告は大阪地方裁判所昭和三四年(ワ)第五八三号建物明渡等請求事件確定判決の参加的効力により、本訴において被告会社に対し、本件貸室の所有権が原告にあることを主張しえない旨の被告らの主張について判断する。

訴外兵庫県住宅建設株式会社が大阪地方裁判所に、被告会社に対し本件貸室に対する所有権に基くその明渡しと損害金の支払いを求める訴を提起し、右訴が同庁昭和三四年(ワ)第五八三号建物明渡等請求事件として係属し、原告が被告会社を補助するため右訴訟に参加したことは当事者間に争いがなく、成立に争いない乙第二、四、七号証によれば右訴訟は控訴・上告を経て同被告の敗訴が確定したことが認められる。ところで民訴法七〇条によれば原・被告間の裁判は同条所定の場合を除き原則として参加人に対しても効力を有する旨定められており、その趣旨は既判力の主観的範囲の拡張にあると解するので、参加人は訴訟物である権利または法律関係の存否についての判決主文における判断の拘束力は受けるが、先決的な権利または法律関係の存否についての理由中での判断の拘束力は受けないものと解する。そうであれば、兵庫県住宅建設株式会社の被告会社に対する訴訟は、前記のとおり所有権に基く明渡請求と損害賠償の請求であり、所有権の存否は訴訟物となつていなかつたものであるから、右訴訟において補助参加人であつた原告はその確定判決の理由中においてなされた兵庫県住宅建設株式会社の本件貸室に対する所有権の存否についての判断の拘束力を受けないものというべく、被告らの右主張は失当である。つぎに、成立に争いない甲第六号証、乙第一、二、四、七号証、証人西山忠男の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告会社はかねて大阪市内に事務所を求めていたが、同会社に勤務する西山忠男はすでに本件土田ビルデイングの一階に入居していた東急航空の従業員の兄弟である小笠原某の紹介で本件貸室を知り、原告代表者と被告会社代表者とが交渉の結果前記のとおり被告会社において原告から右貸室を賃借するに至つたものであるが、右契約締結に際し、原告会社代表者土田吉清は本件貸室が原告の所有であると言明し、被告会社代表者は右言明を信じたものであるが、右契約につき貸主である原告、借主である被告会社及び同被告の保証人である被告田中の三者間において作成された昭和三三年五月三一日付貸室賃貸借契約証書第一条には本件貸室が原告の所有に係ることが表示されており、また被告会社が原告に建設協力保証金三〇〇万円を支払つたことは当事者間に争いがないところ、右契約証書第三条によれば、右保証金は昭和三八年五月末日まで、すなわち契約成立の日から五ケ年間据置き原告は以後毎年五月末日限りその一〇分の一宛を被告会社へ返還すべく、しかも被告会社において契約成立後二ケ年以内に本契約を解除する場合はその二割、五ケ年以内に解除する場合はその一割の金員を原告に支払うべく定められてあり、他に右金員に利息を附する特約は附されていない。右のように被告会社代表者は本件貸室が原告の所有であると信じ、自己の事務所に充てるべく、それが原告の所有であることを契約内容として本件賃貸借契約を締結し原告に著しく有利な条件で建設協力保証金三〇〇万円を交付したものであるところ、本件貸室は兵庫県住宅建設株式会社の所有に属し、原告の所有に属さず、被告会社は右兵庫県住宅建設株式会社から本件貸室の明渡しと損害金の支払いを求められる破目に陥つたものであり、この点について被告会社に錯誤があつたものであるが、これは、被告会社において錯誤がなかつたとすれば到底本件賃貸借契約を締結するようなことはしなかつたであろうし、また一般の取引通念に照らし通常人も右錯誤がなかつたとすれば右契約を締結しなかつたであろうと認められるほどしかく重要なものであることが認められ、原告代表者本人訊問の結果のうち右認定に反する部分は措信しない。そうであれば本件賃貸借契約はその要素に錯誤があり無効なものというべきである。

なお原告は、仮に本件貸室の所有権が原告に属さないものであつたとしても、およそ賃貸借契約は、当事者の一方が相手方に目的物の使用収益をなさしめることを約し、相手方がこれに対し賃料を支払うことを約するによつて成立するものであり、賃貸人が目的物の所有権その他他人をして目的物を使用収益させることを得る権利を有するや否やは問うところでない。と主張するが、それは目的物の所有権が賃貸人に属することを賃貸借契約の要素としなかつた場合の理であり、目的物の所有権が賃貸人の所有に属することを契約の要素とした本件には妥当しないものである。

したがつて、本件賃貸借契約の有効であることを前提とする原告の被告らに対する賃料請求及び右契約解除を前提とする原状回復義務不履行を原因とする損害金請求は爾余の点について判断するまでもなく失当である。

第二、反訴請求に対する判断

一、反訴請求原因事実一項は当事者間に争いがない。ところで成立に争いない甲第六号証及び弁論の全趣旨によれば、右建設協力保証金契約は、右保証金が如何なる性格のものであるかはさておき、本件賃貸借契約の一環としてその一部又はそれに従たる関係において、右賃貸借契約が原告と被告会社との間において有効に成立することを前提として、右保証金授受によつて原告が受ける利益を被告会社が本件貸室に対する賃借権を取得しこれを使用しうることの対価の一部に充てる趣旨で締結されたことが認められるところ、すでに述べたとおり本件賃貸借契約は無効なものであるから右建設協力保証金契約もまた無効というべく、原告は法律上の原因なくして被告会社から三〇〇万円の交付を受けてこれを利得し、同被告はこれがため同額の損害を蒙つたものであるが、原告が受けた利益は金銭上のものであるところその利得の現存しないことは原告においてなんらの主張立証をしない。

したがつて原告は被告会社に対し右三〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和四〇年一〇月二七日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第三、よつて原告の本訴請求はこれを失当として棄却し、被告会社の反訴請求はこれを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

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